右目の状態と光市母子殺害事件

こんばんはあげいん。

ここでは私の右目の状態と「光市母子殺害事件」の死刑判決についての覚書を残しておきたい。




まず、右の眼状態だが、相変わらずとしか言いようがない。

前にも述べてご存知の方もいらっしゃるかと思うのだが、右目は視力がもともと裸眼で0.1なくて、そのうえ乱視があって老眼になり、でもって白内障になった。



しかもなったのが40代後半とすごく早い、でも光が当たると真っ白にハレーションを起こしてしまう。

なので手術を受けた。



しかし、よかったのもわずかで、時期に左右の視界のズレとか、明るさの違い、目が辛くて開けてられないとかの症状が出てきた。

それでも何とか両目で見ようと努力してきた。




何が辛いって、これではまともに何も「仕事」ができないではないか。

そうやって苦しい生活を送ってきた。



そんな昨年の6月、ある意味突然だったのだが、右目にもやのようなものが出てきた。

見えないのである。



いや、見えるのだが、かすんで白くなる。

手術した方でなないのではないかと疑ったり、何かが目に入ってなったので数日で消えるのではと思ったりしたが、やっぱり手術した方で間違いはなく、時間がたってももやはひどくなるばかり。




眼科に急いで行った。

かなり、いや、泣きつくように叫びながら「目が、目が見えなくなる!助けて!」と




先生は冷静なもので、「視力に問題はないし、かすかにもやはあるけど大丈夫。半年後に再検しましょう。」

そんな…それだけ?




で半年がたち、症状は改善せず。まぁ、悪くはなってもこの年だから良くはなりはしないわな。

で、結局どうなのと、医者に確かめた。




「…後期白内障です」

「どうすればよくなります?」

「レーザーでの処置しかないですね…今はまだ視力も落ちてないので様子を見ましょう…」




まぁ、そんなで右目は薄く白いもやのような膜がかかったような視力である。

どうなっていくのだろう。



就職のこと、車の運転のこと…不安は尽きない。






話は変わって「光市母子殺害事件」

1999年、山口県光市で母子が自宅で殺害された事件。広島高裁で被告の元少年に死刑判決が言い渡された。



これで思い浮かべたのが、「<子ども>のための哲学」の一節である。

こうだ。


「戦争中は敵を殺すのが善いこととされるのは、それが自分たちに好いと感じられる状態をつくり出すと信じられているからで、もしほんとうにある人を殺すことでみんなが好いと感じるなら、それは善いことだ、とぼく(中学生の頃の作者)は考えた。これはいわゆる功利主義的な考え方で、また、死刑容認論に通じる考え方だ。…」

道徳は、つまり善悪は幸福をつくり出すか不幸をつくり出すかで決まると、「ぼく」が考えた部分につながる一節である。



だからどうというもりはない。

大月被告の死刑判決に何か意見があってここをのぞかれてる方があれば、謝っておきたい。



死刑判決にどちらかというと心情的に賛成であるが、明確な意見はない。

ただ、上記の一節を思い浮かべたから書いておきたかったという、純粋に知的興味だけである。



正義と功利…難しい問題であると思う。

いつかしっかりと書いてみたいと思うが、私には無理かな。




そんなこんなしてたら、すぽるとの時間に。

Monday Football見なければ!




ではまたね。